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日記・コラム・つぶやき

2015年9月 1日 (火)

「正義」と「非正義」

 動画配信サービスで『ソロモンの偽証-前編』を見ました。ミステリーものです。原作は宮部みゆき ―ミステリーだけでなく時代物・ファンタ―ジーといろいろなジャンルの小説を書く作家― で、特に私は、時代物が好きで読んでいますが、『ソロモンの偽証』は長編(単行本は3部作、分厚い3冊となっています)で、読みたいと思いながら、ついぞ読んでいませんでした。という訳で、期待しながら見たのですが、後編はまだ見ていませんけれど、お勧めです。面白い。

 その内容は見ていただいてのお楽しみとして、ここでは視聴しながら感じた事を書きたいと思います。それは「正義」の相対性ということです。塾にも置いてある漫画の『ワンピース』の隠れたテーマの一つでもあると思うのですが、人は自分に「正義」があると感じたとき勇気も湧き、積極的に行動し、粘り強く目標達成まで突き進むことができます。ところが「正義」の裏には「非正義」があり、その「非正義」から見れば「正義」こそ「非正義」であるわけです。例えば、殺人のような絶対的な「非正義」もあるのだから、絶対的な「正義」もあるのだとの意見も聞こえそうですが、それとて、「悪は滅びるべし」と子ども向けのTV番組でも、悪ものが殺されて万事解決となるわけですから、殺人は絶対的な「非正義」にはなり得ないことがわかる。そういった意味では、近年のアメリカの戦争は民主政治という「正義」のために、死ななくていい多くの人々の命を奪う「非正義」が行われている様に思えてなりません。

 それでは「何が本当に正しいのか」ですが、これはそれぞれの「正義」を認め合う中で、妥協点を見いだし進むことなのではないでしょうか。法律という名の「正義」もそういう風に成立したものです。だから今の安保法制における憲法解釈のように、その時々で変わるものなのでしょう。

 とすると、それぞれの「正義」を認め自分の「正義」と突き合わせながら、かといって自分の「正義」を捨てることなく生きていくことが、賢い生き方だといえると思います。

 そこで、我田引水となってしまいますが、賢く生きるために、それぞれの「正義」を認めながら、自分の「正義」を持ち続ける力を付けるには、まず、修学時の「勉強」が大事だと思うのです。意識さえすれば、いろいろな分野の思想・考え方を学べ、ほぼ生活のすべてをそれらを吸収するために使える、貴重な時間が与えられているのです。知ることで、自分の立ち位置を決められます。知らなければ、他を認めるこはできません。そう考えれば「こんなの将来、役にたたんやっしー」などという後ろ向きな言葉など一蹴されるでしょう。 ―そう言えば、鹿児島県の知事が、女の子にはsin,cos,tanなど必要ないと暴言を吐いたそうですが、勉強の目的は将来使うか使わないかという実利だけではないはずですよね。―

 ということで、勉強の意義など考えながら(答は一つではないとわかっているからこそ)しっかり、指導していきたいと思う秋の夜長です。

2013年6月30日 (日)

[主人公]

先日「めざましテレビ」をふと見ていると「さだまさしデビュー40年」
との話題を取り上げていて、フアンが選んだ「さだまさし」の好きな
曲Best1が「主人公」でした。

中学の確か2年生くらいの時だった思いますが、
「雨やどり」という「さだまさし」のいわゆるコミカルソングを
聞き、それと対照的な物悲しい、山口百恵に提供した
「秋桜」もこの人の作詞・作曲であることを知ってから、
大学に入る頃までよく聞いていました。

高校のときは、バンドを組んで、勿論当時の流行りもやったのですが、
「さだまさし」の「晩鐘」をやって、好評だったことを思い出します。

それで、自分も「さだまさし」の曲の中で「主人公」がお気に入りの
上位に入ります。
「自分の人生の中では誰もがみな主人公」と歌い、
これはナルシストはたまた自己中の歌?と思われそうな
ものなのです。
おそらく別れたであろう彼氏に「時折、思い出の中で、
あなたは支えてください。私の人生の中では私が主人公だと。」と、
確かに自分勝手な自己中の歌詞で終わりますが、
なぜこの歌に惹かれるかと言えば、
自分で選んだ以上、自分の人生は自分で引き受けるという
強さを感じるからなのかなと思います。

自分の周りで起こる全ての事を、他人や周りの環境のせいにし
安定を保とうとする傾向が、確かに自分の中にあって、
「これじゃだめだ」と思っていてもついつい安易に流れてしまう。
だから「自分の人生の中では誰もがみな主人公」という歌詞に
応援してもらっているように感じるのかもしれません。

物語の主人公は、自分の人生を自分で考え意味づけしていくものです。
主人公が自身の存在意義を見出していく中に物語が生まれます。
最近読んだ、藤井誠二編著「『壁』を越ていく力」という著名人への
インタビュー集の中で俳優宇梶剛士さんの言葉に
「人間が、生きていたって死んでいたって同じだと諦めたときに危ない時代がくる。」
とありました。
この諦めは、自分で考える事を止め他人にあずけてしまうことから始まります。
宇梶さんは「若い人にも自分で何ができるか、考え続けることを
手放してほしくない。それが人間らしさだと思うから。」
と訴えています。

塾での指導でも、子供たちに自分で考える訓練ができるようにと心がけています。
中学生には勉強にしても生活にしても、何のヒントも与えず自分で考えろ
と突き放すのでは無理があります。
やはりなんらかの呼び水的な指導は絶対必要です。
勉強という限定的なものを通してですが、
「人生の主人公」として物語を紡いでいく手助けができればと思う毎日です。

2013年3月29日 (金)

面談期間も明日まで('◇')ゞ

マルの塾の面談期間も明日まで。
継続生の面談は全員終了しましたが、
3月入塾生の面談は明日までとなります。

3月中の入塾の場合、年間教材費5,000円が割引となります。
割引対象は、明日までの面談となります。お早目に‼

そして、4月1日からは、エイプリルフールでもなんでもありません。
真実、マルの塾平成25年度が始まります。

みんな頑張っていこう 

2013年3月17日 (日)

人は皆、一人では生きてゆけないものだから♪

我が青春時代の、テレビドラマの主題歌の一節、
人は皆 ~ 一人では ~ 生きてゆけないものだから
が、ふと頭に浮かびました。

確かにふむふむ、たった一人で生きていくのは、とても難しそうだ。
かといって、人とのつながりばかり考えていては、
「兎角、この世は住みにくい」(漱石?草枕?)
となってしまう。

畢竟、自分の生存が第一です。
(自身のことはさておいて、他人のために尽くしている方、ごめんなさい<(_ _)>)

人とのつながりも、自分の生きるためのチャンスを高めるためだと理解すれば、
納得することも多いように思います。

その点、リチャード・ドーキンスの遺伝子の乗り物論は的を得ているのかも・・・。

でも、割り切れないなあー。

やはり、バランスなのでしょうか?中庸なのでしょうか?
自分の生存のチャンスを高めながら、他人のそれも高められる。

一人で生きていけないなら、そんな生き方ができないものだろうか・・・

2013年3月14日 (木)

合格おめでとう‼

今日は、公立高校の合格発表、そして、

マルの塾の中3生、全員そろって合格、おめでとう‼

成績は、席次が後ろから数えた方が早いという人がほとんどだったけど、

入試直前は、自分なりの勉強スタイルも獲得して、

成長が目に見えて、いいぞ、いいぞと内心思っていたぞ。

だけど、気を緩めるわけには行かなかったので、叱ったりもしたが、

勉強当初からすると、みんな本当に成長した。えらい。

この受験を通して得た、勉強するという感覚は、今後の人生にも

大いに役に立つはず。もっともっと精進して、沖縄の未来をしょって立て

2013年3月13日 (水)

久しぶりの更新です。

9月以降、いろいろな事が重なり、

ブログを更新できませんでした。

心機一転、これからまた、コツコツ書いて行きたいと思います。

2012年8月12日 (日)

全国学力テストについて。

2年ぶりに全国学力テストの全国順位が発表され、
沖縄が最下位になりました。本当に残念です。(ノ_-。)

基本的な能力は本土だ沖縄だと差があるはずがない。
基地だ、経済だと色々と原因があげられていますが、
無回答率の高さから、文章の読解力の不足に最大の
原因があると考えます。

発表された問題を見ると、よく練られた問題だと思いますが、
よく練られているだけに、逆に問題文が長い。
生徒たちは、国語は勿論、おそらく数学(算数)や理科の問題も
教科の知識を使う以前に、問われている内容が
わかっていないのだと思います。

歴史的な事はさておき、標準語(東京語)は何をするにも、
(外国語の学習の時でさえ)絶対にうまく運用できないと
はじまらない。
それは、英語の学習が国際社会で活動するために
必要条件であるのと同じ構図なのかもしれない…。

だから、大人も子供もまず、
活字を読む習慣を絶対に付けるべきです。
そして言葉で表現すること。
これが今の沖縄にとって、地味だけど実はとても重要な
事のように感じます。

2012年7月13日 (金)

塾は必要か?

私は、塾は知に関するサービス業だと考えています。
だから、サービスを受ける側は、必要だと思えば受ければいいし、
必要でなければ利用することも無い。

ただ、サービスの品物が、子供たちの成績という目に見えない、
しかも場合によっては人の価値を決める
(本当は色々ある価値の一つに過ぎないのに)こともある
厄介なものです。

それゆえ、顧客(生徒数)拡大を目指す、商業主義と結びつくと、
例えば、中学生なら、塾に行かないと高校進学に後れをとるとか、
高校生なら、大学進学は予備校・塾に通わぬと叶わぬとかの
イメージが植え付けられます。
あたかもそれで価値が決められるかのごとく・・・。
そのせいか、沖縄では、中3生のほとんどが塾に通っていますし、
高校生も大学進学を考える子は、塾や予備校に通います。

私も儲けたいので、その方向で塾の宣伝をしたい所ですが、
冒頭の考えがあるので、その方向へは向かいません。

また、サービス業と言っても、顧客(生徒)の満足第一とならないところも、
難しいところ。人と人が影響を及ぼし合う場でもあるので、ある方向性が、
顧客(生徒)の満足とならず、業者側(講師)の満足になる場合も多々ある。
それでもいいと思っています。自己満足と言われればそれまでですが・・・。

結局、サービスは受ける側に選択権があるので、必要ないと思われれば、
消えるしかない。もう、あなたの塾は要りませんと言われないよう、
これからも頑張っていくつもりです。

2012年7月 2日 (月)

夏だからできる事がある。

梅雨が明けて、夏だーという日が続いていますね。
そして、暦も7月に入りました。夏休みももうすぐです

受験生も受験生でない人も、中学生や高校生にとって
夏は勝負の時だとよく言われますが、これは、
塾や予備校の経営戦略とだけは言い切れない真実を含んでいます。

なによりこの時期が、1年間の学習の折り返し地点であることが大きいです。
また、自分で自由に設定できる時間が多いというのもありますね。

受験生は、この7月で基礎力充実期を締めて、
実践力養成期へとシフトしていかなければなりません。
やり残してきたなと思うところは、7月中に、絶対に終えましょう。
そして、8月からはいよいよ過去問を含めた応用問題に着手です。
予備校や塾の講習会を利用するのもいいと思います。
また、各科目問題集を決めてそれを8月中に一通り終えるようにしよう。

受験生以外の人は、まずこれまでの復習。
これもやり残してきたなと思うところは、7月中に、絶対に終えましょう。
そして、ここがポイント。ぜひ、先取り学習、予習をできるだけ進めてみよう。
予習だから、しっかり理解する必要はありません。
大体の感じがつかめればOKです。

そうすると、計画を立てることも大切になります。
そのときのポイントは、以前記事に書いたように、
継続できることを目標に立てること。

さあ、夏だからできる事があります。
充実した夏にしよう。
もちろん、遊びも大いに取り入れないといけないよ。

2012年6月24日 (日)

慰霊の日によせて。

昨日の慰霊の日、皆さんは恒例??の正午の黙祷を捧げたでしょうか?

実は、私は正午、地域のサイレンの音で気付き、「あっ」と思いましたが、
皆さんと一緒に黙祷は捧げられませんでした。

勿論、その後、自分なりの祈りを捧げたのではありますが・・・。

聞いてみると、あちこちで行われる祈念行事に参加していた人は別ですが、
「忘れてた」と言う人も以外に多いですね。

67年前のことです。実際に体験した人も高齢となり、語り部も減り、
国や県も、今や、沖縄戦を行政の都合のいいように、曲げて解釈し、
国の指導要領で教育を受けた若者は、それを真実と思う。

それも仕方の無いことです。

ただ、忘れてならないのは、歴史は語られないものの中にこそ真実が眠っている
場合があるということ。また、語られない多くの人々によって支えられ、
紡がれていくということ。

沖縄の子供たちには、そんな視点で、
自分が寄って立つ郷土の歴史を学び、自覚し、
それを将来に役立て、
沖縄ならではの発想と情熱で、
社会に、世界に羽ばたき活躍してもらいたいと思います。

より以前の記事一覧